少年は闇の中にいた。
いくらもがいても出られない心の闇の中に。
助けを求めた。
しかし誰も助けてはくれなかった。
あるとき彼は大きな過ちを犯した。
ゆえに彼はさらに深い闇の中に迷い込んでいった。
少女は闇の中にいた。
一切光の射さない真の闇の中に。
彼女もまた助けを求めた。
救いの手は差し伸べられた。
しかしその手をつかむことはできなかった。
永遠に光を失うのが怖かったから。
ゆえに闇の中から抜け出せずにいた。
〜Dark
Maze〜
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
少年は肩を上下させて呼吸を整えた。背後から近づいてくる足音に怯え、暗闇に包まれた街の中をただ必死に逃げてきたのだ。ここはどこだろう。少年は自分の居場所を確認しようと立ち上がり、あたりを見回した。屋敷か何か大きな住居の敷地内に入ってしまったようだ。もう深夜──夜明け前だ。屋敷の明かりはついていない。少年の意志無き侵入に気づいたものはいないようだ。しかし、いつ気づかれるかも分からない。少年はその場を去ろうとした。
「――誰?」
ふと、声がした。少年はとっさに振り返った。さっきまで少年がもたれかかっていた屋敷の一室の窓が開いている。窓の向こうには少女が立っていた。自分の方を見ている。
──見つかった…
少年は凍りついた。
真っ白になりつつあった頭の中で少年は気づいた。もうすぐ夜明けを迎える。さっき自分が街の中を駆け抜けたときに比べてだいぶ明るくなっている。しかし、少女は自分のほうを見つめながらこう言う。
「ねえ、誰かいるの?」
少年の足は窓の方に向かう。当人の意思を無視するように。その足音に少女は敏感に反応した。
「だ、誰?」
怯えている。さっきまでの自分と同じように。少年は口を開いた。
「あんた───」
少女はその声のするほうを見つめ、なおも怯え続ける。
「もしかして、見えてないのか?───目」
思いがけない問いに戸惑いながら、少女は小さくうなずく。少年は続けて尋ねた。
「今その部屋には他に人はいないな?」
───コクッ
「頼みがある。絶対にあんたを傷つけない、そう約束する。俺をその部屋に入れてくれないか。」
少女は光をとらえられないその目を大きく見開いた。
「ま、当然か。」
少年は踵を返し、少女に背を向けて歩き始めた。もともと、YESの返事は期待していなかったし、姿を見られていないならば問題は無い。長居は無用だ。
「───待って。」
思いがけない返答に少年は振り返る。
「あ?」
「入って。」
「…何言ってんだ?あんた。」
少年は驚き、しかし呆れながら言った。
「頼んだ俺が言うのも変だけど、突然現れた得体の知れない男を何で簡単に部屋に入れるんだよ?」
少女は少し寂しそうな表情になると、また小さく口を開いた。
「───声。」
「は?」
「あなたの声、怯えてる。何かすごく怖いものに追われてるような…そんな感じがする。」
「……」
「それに…あたし、いつもこの部屋に閉じ込められていつも一人なの。話ができる人が欲しい。だから…」
少年は黙って立ち尽くしたままだった。怯えながら毎日を過ごしているのは事実であったし、話ができる相手のいない孤独のつらさを今の彼はよく知っている。
「外から出入りできるところはこの窓しかないの。───はい。」
少女は窓から手を差し伸べてきた。少年はその手につかまった。久しぶりに触れた人の優しさ、温かさ。ぐっと力をいれ、少年は窓の中に足を踏み入れた。
ほんのひと時かも知れないが、怯え続ける毎日から逃れるために。
ほんのひと時かも知れないが、人の温かさに触れるために。