思いがけず招き入れられた部屋。少年は促されるままベッドに腰掛けた。そして必死で走り回って乱れた呼吸を整えた。
「私、真美っていうの。よろしくね。」
真美は少年の隣に座った。
「…俺、一輝。…よろしく。」
一輝は部屋を見回した。きちんと片付いていて、女の子らしい普通の部屋だ。テレビにベッド、大きな柱時計、洋服ダンス…鏡以外の家具は一通りそろっている。
「閉じ込められてるって言ってたな…やっぱりその目のせいか?」
真美はうなづいた。
「…お父さんが、危険だから外に出るなって…私の目が見えなくなってからずっと。」
「ふ〜ん…父がね…」
一瞬の沈黙。そして一輝が口を開く。
「外に出るなって、一体どうやって生活してるんだ?それに学校も…」
「…大抵のことはお手伝いさんがやってくれる。家庭教師も兼任してるから、学校に通う必要はないの。それ以外の時間は、そこのテレビをつけてるか、ラジオや音楽を聴いてるわ。」
「テレビ、見るんだ?」
「見るんじゃないわ、聴くの。ニュースなんかなら映像がなくても内容は分かるわ。あと音楽番組なんかも…。」
少女は手探りでリモコンを取り、テレビの電源を入れた。ちょうど朝のニュースが始まったところだった。
「今、5時40分ね…」
「へえ、よく分かったな。」
画面に表示されている時間を見て、一輝は言った。
「この番組だと、報道される内容が時間帯によって決まってるの。今は経済のニュースが始まったところだから、5時40分。この後、45分から交通事故とか事件のニュース、6時から芸能やスポーツに関してのニュースが流れるわ。」
「経済は以上です。…昨夜、畑中市で殺人事件が起こりました。」
真美の言ったとおり、45分ぴったりにニュースが始まった。そこで一輝はテレビの電源を切る。
「6時30分になったら、お手伝いさんが起こしに来るわ。」
「じゃあそれまでにはここを出て行かなきゃならないな。」
一瞬、真美の顔がかげったように一輝は感じた。
「それまで、お話聞かせてくれない?」
「話?何のだよ?」
「なんでもいいの。学校でのこととか、友達とのこととか。私、いつもこの部屋にひとりぼっちでいるから…そういう普通の話でいいから、聞かせて。」
「普通の話…か。」
一輝はゆっくりと語り始めた。
「俺は今17歳、川畑東高校の2年生だ。」
「あら、奇遇ね。私も17歳、学校に行ってたとしたら同じ高校2年生よ。」
「そうか。」
「もし、私の目が普通に見えていたら、同じクラスにいたかも知れないわね。」
真美は優しく笑う。しかしその笑顔の中には、少なからず寂しさが読み取れた。真美の言葉には答えないまま、一輝は続ける。
「特別クラスで人気者ってわけじゃあないけど、それなりに友達もいる。勉強は中の下、どっちかっていうと運動の方が得意だ。」
「部活は何かしてないの?」
「…サッカー部。」
それから、一輝は自分の日常についてつらつらと語った。友達とのくだらない遊びのこと、何の面白みもない授業のこと、顧問のせいでいつもくたくたになる部活のこと…時間はすぐに流れていく。
時計の針が6時20分をさした。
「そろそろ行かなきゃな。」
「そっか、残念だな…」
寂しそうにつぶやく真美を背に、一輝は窓のほうへ向かう。
「あの!」
真美が言う。一輝は振り返った。
「何だよ?」
「…待ってるから。」
思わぬ言葉。
「夜の0時以降、この部屋に近づく人はいないから…いつでも来て。」
一輝は何も答えず、窓の外に出た。もうあたりは明るくなっている。
「待ってるから。また、話を聞かせて!」
その声を背に、一輝は無言のまま駆け出した。まだ静かなままの朝焼けの町へと。